REIWAに「弥栄!」

    平成の30年間、サラリーマンとして仕事に生きてきました。 REIWAに入って生き様を見直しながら日々、雑感したことを書き連ねます。

松本を堪能する 〜戦国と江戸を駆け抜けた松本城〜

ちょっと用事があって長野県松本に行ってきました。

松本駅から徒歩で15分ほどのところにある松本城

平日の夕方だったこともあり、観光客が少なくゆっくりと見ることができましたが、天守閣の上まで登るのはなかなか大変でした。

外人の老夫婦が「ヒイヒイ」言いながら、巨体をゆらせて階段を登っていたので少し笑えました。

 

松本城は、戦国の初めに小笠原氏の支城としてこの地に永正年間に造られた深志城が始まりで、現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城、黒を基調とした色が、戦国時代を生き抜いてきた雰囲気を醸し出していますが、まさしく戦国大名が領国をめぐる争いを繰り返してきた戦国時代、甲斐の武田氏が小笠原氏を追放し、深志城を支那の支配の拠点にしました。このため常に敵と戦い、敵から領国を守ることを念頭にした戦略拠点として城は造られたようです。

そういえば城の近くには深志という地名が残されていて、そこにある「深志高校」は松本でも有数の進学校だそうです。

松本城の大天守はかなり高いですが、これは戦国時代の末期に、関東の徳川家康の監視という役割を負って築造されていますし、そこかしこに弓や鉄砲を放つための小さな窓があります。

武田氏が滅亡した後、小笠原氏が深志城を取り戻し、松本城を名を改めました。

戦国時代が終わり、小笠原氏が関東に移ったため、石川氏が城主となり戦う目的を持たない、どちらかというと徳川家が松本に来た際に「ご接待」を目的とした櫓が建てられたのが、辰巳附櫓・月見櫓の二棟とのことで合計で5つの棟が密集したような形で城が形成されている珍しい形になっています。

このように、異なる時代にわたってそれぞれが結合された天守・櫓が複合しているのが松本城であり、戦国期と江戸期を跨いで性格の違う時代の天守・櫓が複合された天守群は日本で唯一、松本城しかない特徴です。

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松本城

そういえば日本で現存する5層建ての城は姫路城とこの松本城だけだそうです。

姫路城の真っ白に対して、この黒が基調になっている松本城は一度写真を並べてみたいものですね。

ということで、上下に並べてみました。

青空に映える白鷺城_姫路城

 

どうですか?

どちらも圧巻ですね。

 

弥栄

古事記の絵本 〜やまとことば神話(3)〜

やまとことば神話の3回目です。

前回は「宇宙の形ができてくる」ところまででしたね。

そして地球の形を作ったのが・・・

クニノトコタチ

となります。

 

当時の地球は真っ赤に燃えるような球だったのでしょうが、そこに宇宙線が当たることで徐々に水蒸気が雲となって大気ができ、水が循環する環境が作られてきたのではないかと思います。

それで『トヨクモヌノカミ』が次にきたと考えるとわかりやすいですね。

やまとことばですと、「ク」は結合の意味で、「モ」は微細なものを指しているので、まさにピッタリですね。

 

この「地球のもと」であるマグマの塊のような球が変化して、今のような動物や植物が豊かに育つ環境に作り上げていくために

4組の男女神が活躍しました。

 

ウヒヂニノカミ」スヒヂニノカミ」は、ドロドロの地球がブクブクと泡を出して呼吸をしている様子を・・・

 

そのドロドロの塊がだんだん冷えてきて、「ツヌグヒノカミ」イクグヒノカミ」の力で徐々に固まっていき、その固まった部分が横に広がりながら(オホトノベ)、ぶつかって山のように縦に伸びたり、引っ張られて谷(「オホトノジ」)になって地殻の表面が出来上がったのでしょうね。

 

その地球の表面に雲からたくさんの雨が降り注ぎ、海と川ができ、地球生命体が誕生する環境が出来上がった様子がオモダル、それを讃えているのがアヤカシコネと絵本では説明しています。

 

この後にはご存じ、イザナギイザナミの登場となって「国生み」、人間の始まりとなりますが、詳しくは・・・

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イザナギイザナミ

「絵本 やまとことば神話」をお読みになってください。

 

絵本とは離れますが、講談にも「国生み」の話が(今回のアマノミナカヌシからイザナギイザナギの話はほんの触りの部分ですが・・・)あるのですね。

講談を通して古事記を伝えていけるようになりたいと思う今日この頃です。

www.youtube.com

 

弥栄

古事記の絵本 〜やまとことば神話(2)〜

ご無沙汰しております。

古事記ストーリーの続きです。

アマノミナカヌシ、タカミムスヒノカミ、カミムスヒノカミが身を隠した後の話です。

宇宙はできたばかりで水に浮いた脂のようで漂っていたようですが、そこからどんどん成長しいくわけですが・・・

その働きをする神が、

ウマシアシカビヒコジ・・・

この名前、「葦が見事に成長する姿」を表しているように聞こえませんか?

小学生に読み聞かせをすると、この長ったらしい名前(ごめんなさい)をすぐ覚えて走り回る子がいるとか。 

やはり感受性の高い子を元気にする力があるのでしょうか?

これが俗にいう「ビッグバン」の後の宇宙の成長にも思えますね。

 

小名木善行先生のブログによると・・・

nezu3344.com

 

小名木先生によると、

「万物のはじまりのときに、最初にあらわれた神様は、とにもかくにも明るくて元気いっぱいの中から生まれたのだ。」
だったら、困ったときには原点に帰る。
その原点というのは、笑顔で活発で、明るくて元気いっぱいの姿です。

はじめに混沌があり、その混沌の中に若い葦の芽のような活き活きとした萌芽が生まれ、そこから新しい社会秩序が生まれてほしいと期待しているのが、先ほどの「ウマシアシカビヒコジ」と叫びながら駆け回る子のように現代の人々ということになるのでしょうか。

 

ちなみにこの後、膨張していく宇宙を形作っていくのですが、それを表現した神が・・・

アマノトコタチ

ですね。

 

私の場合は今日も「弥栄」と掛け声をかけながら一杯飲むのが原点に帰る習慣かもしれません。

古事記の絵本 〜「やまとことば神話」(1)〜

古事記というと実は子供の頃から読もうとして挫折していた本でした。

当時、読んで記憶に残ったのは「イザナギイザナミによる国産み」や「因幡の白兎」あたりの話のみでした。

5年ほど前から「神話を失った国は滅びる」といった危機感から再び書物を買って読みこなそうとしましたが・・・

やはり、アマノミナカヌシから始まる神々の部分を読むと「なんでこんなに複雑な名前が脈々と続くのか・・・」と心が折れそうになりますね。

この神々の名前を「やまとことば」という観点から読み解くと全ての神の名前には意味が込められているということを絵本で解いたのが「絵本やまとことば神話」です。

store.shopping.yahoo.co.jp

 

元々、古事記日本書紀に先んじて変遷されたものの、日本書紀が正規の国史として取り扱われた一方で、対照的に封印されたような形になってしまいました。

これは「やまとことば」で書かれたものを全て漢字で表現していたからと言われていますが、すでに原書は存在せず、今日残っているのは写本(最も古いものは、室町時代のものだそうです。)のみで、封印されたままになっていました。 

こんな書物を掘り出して世に送り出せるように35年もの年月をかけて解読したのは、江戸時代の国学者である本居宣長でした。

本居宣長さまさまですね。

 

さて「絵本やまとことば神話」に話を戻すと、

 

この絵本では・・・

「天地初めて開しとき、高天原に成れる神の名は、天之御中主神。 次に高御産巣日神。次に神産巣日神

この三柱の神は、みな一人神となりまして、身を隠したまひき。」

の部分を以下のように、神々の名前をやまとことばから掘り起こして理解を深めることができるように構成されています。

 

アメノミナカヌシ 天御中主:宇宙の中心

タカミムスヒノカミ 高御産巣日神:カム(噛む)・ムス(産す)もので+タ(+)⇨陽

カミムスヒノカミ 神産巣日:カム(噛む)・ムス(産す)もの⇨陰

 

この部分を読むと、食事の時には良く「噛む」ことが神にも通じるし、健康にも良いことを再認識させられます。

次の五柱の神の話は次回に。

 

弥栄

とうとうワクチンパスポート??

2月に入って早々のことでございます。

私の住んでいる最寄りの駅に知り合いの方が来られましたので、「軽く食事をとりながら飲みましょう。」ということで、近くのチェーン店へ・・・

 

一件目に入って、「ビールお願いします」というと・・・

店員:「あの〜。 身分証明書とワクチンパスポート出してください」

私:「え〜。そんなこと言われてももってるわけないじゃん。 免許証あるから身分証明書だけで許してよ。」

店員:「ルールですのでダメです。」

私と友人:「じゃぁ。この出ましょう!」

 

ということで、その店を出ましたが周りの店全てに同じような張り紙が・・・

その張り紙がこれです。

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誰だ! こんな通達を決定したのは??

思いっきり掲示している店名が出てますが、しょうがないですね。

よく見ると、身分証明ではなく接種証明もしくは陰性証明とありますので、

「陰性証明を取得する際の費用は埼玉県が負担してもらえるのでしょうかねぇ?」

と思って、家に戻ってネットを検索するとこんなPDFが・・・

https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/204548/kenminnominasamahe.pdf

発信が、「埼玉県」と書いてありますが、埼玉県の誰が決めたのかよくわかりませんね。

 

ステルス攻撃をいきなり喰らったようで、どうも納得がいきません!!

埼玉県の指示というのは・・・決定者は誰??

 

しかも、店にある掲示だと「要請」となっているのにネットで調べたPDFだと「要請」という文言が消えています。

ということで

 

埼玉県のホームページから

知事記者会見

にアクセスしてみました。

 

smart.discussvision.net

 

この映像の8分ー10分あたりに埼玉県知事が話していますが、本件に関しては冒頭で「改めてお願い」と言いつつ、その後の話し方はあたかも決定したような言い方に変化しているのはどうしても意図的なものを感じざる終えません。

 

決定者が県知事であるならば、埼玉県の飲食店の発展にとって障害になるので、とっととお辞めいただくようにお願いしたいものですが、みなさまのご自宅のあたりではいかがなっておりますでしょうか??

 

こんな決定しかできない県知事であれば、給料を返上して負担を強いられている飲食店の収益に微力でも貢献するくらいの腹がないと県民は納得しないのではないでしょうか?

本件、飲兵衛おじさんはかなり怒ってますよ。

 

弥栄

東国三社巡り(4) 香取神宮  〜よく見ると不思議がいっぱい〜

すいません。

だいぶ間が空いてしましました。

今日は香取神宮です。

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出雲の国譲りの神話では、香取の御祭神 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、出雲の国譲りの神話に出てくる神様です。

・・・

はるか昔、高天原を治めていた天照大神は、葦原中国は自分の息子が治めるべきだとお考えになりました。
葦原中国荒ぶる神々が争い乱れていたため、まず天穂日命(あめのほひのみこと)を出雲国大国主神(おおくにぬしのかみ)の元に遣わされましたが、天穂日命大国主神に従い家来になってしまいました。

次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされましたが、大国主神の娘である下照姫(したてるひめ)を妻として天照大神の元に戻りませんでした。

度重なる葦原中国の平定失敗に高天原の神々は、次に遣わす神は経津主大神が適任であるとしましたが、これに対して武甕槌(たけみかずち/鹿島の神)は経津主大神だけが雄々しい立派な神で、私は違うのか!と激しく抗議しました。そのため経津主大神に武甕槌を副得て二神で葦原中国に遣わせたとあります。

出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いた経津主、武甕槌が十握剣(とつかのつるぎ)を抜き逆さに突き立て武威を示すと、大国主神天照大神の命令に従い、葦原中国を譲りました。
二神は大国主神から平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ復命されたのです。

古事記の「国譲り」では鹿島の神【建御雷神】に天の鳥船を副えて遣わしたとありますが、日本書紀は香取の神が『主』であり、鹿島の神が『従』の関係となっています。

・・・

上の大まかなストーリから東国3社ができたと言われていますが、香取神宮を回ると解せないことが色々と出てきます。

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地図を見ると、西が入り口でとても怪しい感じですね。(普通は日が登る東にある)

なぜか奥宮が表参道から見ると本殿の奥にありません・・・

ということは、表参道も本殿も後から建設したものなのでしょう。

参道をくぐって歩いていくと、道の両脇に神池があります。

ここで禊をする所でしょうか?

直角に曲がって桜門をくぐって入ると・・・

振り返ってみると狛犬がいます。

↓のような並びになっているのですが左右が通常とは逆ですよね。

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どうも、桜門の中に祀られている神を外に出したくないように見えますね。

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本殿の鰹木・・・9本あるのは珍しい

本殿の後ろに回ると・・・

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本殿の後ろ

 

裏参りができるいうことは、本殿の表と、裏を祀っている神が違っているのでしょうね。

本殿ができたのは江戸時代に江戸幕府が建てたということですが、何か意図があって本殿に祀っている神を閉じ込めるようにたのでしょうね。

・・・うーん。 今回は悩ましい神社巡りでした。

 

弥栄

 

 

 

 

 

 

東国三社巡り(3) 〜鹿島神宮〜 参拝するなら奥まで行こう!

鹿島神宮の由緒には、

神代の昔、天照大神の命を受けた武甕槌(たけみかづち)大神は香取の経津主(ふつぬし)大神と共に出雲国へ向かわれ、国譲りを成就し皇孫の国たるべき日本の建国に挺身された。とりわけ東国における神功は大きく、関東開拓の礎は遠く大神に遡る。

初代・神武天皇は、その御東征なかばにおいて思わぬ窮地に陥れられたが、大神の「ふつ霊の剣」の神威により救われた。

皇紀元年、紀元前660年の頃といわれる。

以降、皇室を始め藤原氏等の崇敬も篤く、中世・近世には源頼朝、徳川将軍等の祈願や寄進が寄せられた。

そして江戸時代には利根川から江戸を結ぶ水運が開かれると東国三社まいり(鹿島・香取・息栖)が流行、庶民にも鹿島信仰は広まり、現在に至るまで東国最大最古の神社として朝野の崇敬を集めている。

 

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鹿島神宮の地図

地図にあるように面白いのは本殿は大鳥居から入って右に折れた所にあるのですが、何故か本殿の後ろに御神木があります・・・ 珍しい。

ちなみにタケミカズチとタケイカズチは全然違う神を指しているそうです。

武甕槌(タケイカズチ)は女性神で、タケイカズチは男性神(国譲りの際に刀に座っていた神ですね。)とのこと・・・

しかも、コンコンと水が湧き出している御手洗池が奥宮よりも奥にあるのも面白いですね。

ということから考えると、家康が天下をとった後、鹿島神宮の本殿を建てる前までは、御手洗池が御神体であったと考えるとしっくりきますね。

 

御手洗池の水源が写真の鳥居の奥にあります。

この辺りはとても空気のよい場所で、しばらくいたくなるような所です。

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御手洗池

さて、もう一つ。

ちなみに、御手洗池の近くの売店で買ったお酒がこれです!

この「鹿島立ち」ですが、鹿島神宮でしか販売していないそうです・・・ と言われて買ってしまいました。

 

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弥栄