REIWAに「弥栄!」

    1部上場企業のサラリーマンとして平成から令和の37年間勤務・・・ これからは生き様を見直しながら日々、雑感したことを書き連ねます。

能登半島の先に何がある?

もう2年半以上前の話ですが・・・

2024年1月1日

能登半島地震があった日ですよね

あの日、私はカミさんと「翔んで埼玉」を観た帰り道・・・

地面がグラグラと揺れたのを記憶しています。

帰宅してテレビをつけると能登半島は大変な惨状。

長女はその時、金沢から帰りの新幹線に乗るところでしたので

結局、金沢にもう一泊して次の日に名古屋経由で戻ってきました。

話を戻すと

今回はこの能登半島地震が発生する3ヶ月ほど前の

2023年の10月、能登半島の先端にある須須神社を巡ったときのお話です。

須須神社は金沢から自動車でも3時間ほどかかる道のり

縄文時代なら、道路もまともにない陸路から行くことは至難だったと思います。

ではどのようにして能登半島の先端にいくことができたか?

それは大陸渡来人が日本に向かって船を漕ぎ出した時に

日本海の対馬海流に流されて

能登半島の先端に流れ着いたところから始まります。

 

「須須神社」は複数の祭祀拠点から構成されています。

大きく見ると、

  • 高座宮(たかくらぐう)――現在の本社

  • 金分宮(きんぶんぐう)

  • 奥宮――山伏山山頂

という構成です。

須須神社の説明では、

高座宮の主神を高倉彦神(たかくらひこのかみ)

山伏山の奥宮を美穂須須美命(みほすすみのみこと)としています。

 

また、須須神社の伝承では

もともとは、山伏山の山頂に祀られていて、

奈良時代の天平勝宝年間(749~757)に現在の高座宮の場所へ遷座した

と伝えられています。

 

ということは聖域は、

山頂の神聖な場所 → 海岸近くの神社

に広がっていったということになります。

山伏山は海から非常によく見える特徴的な山で、

古くから海上航行の目標としても利用されたとされていますので、

山そのものを神聖視する信仰

海上交通を守る神への信仰

が重なっていたのでしょうね。

 

須須神社・・・

ここは能登半島の最先端。

つまり、

日本海を航行する船から見える場所

です。

 

 

奥宮

金分宮

高座宮

「古代の須須神社は現在の高座宮そのものだった」と断定するより、

「珠洲岬一帯を構成する山・海・祭祀場全体が古代の須須信仰圏だった」

と考える方が自然

だと思います。

これが古来からの山全体を聖域(神社)にする神道的な考え方に合いますね。

帰りには虹が見えました