REIWAに「弥栄!」

    平成の30年間、サラリーマンとして仕事に生きてきました。 REIWAに入って生き様を見直しながら日々、雑感したことを書き連ねます。

スサノオとザクロのお話 

スサノオのお話

 古事記に出てくるスサノオの話です。

無料イラスト スサノヲ

まず質問。

スサノオとは何を意味しているのでしょう?

 

驚愕の話はなんと・・・

 

スーサの王

が、なまったものだとか・・・

 

当時は大和言葉しかなかった日本なら単純に

「大阪のおばちゃん」

みたいな感じなのかもしれません

 

では、スーサって国があったのか??

ということですが・・・ 

 

ありました!

 

以下、ウイキペディアより抜粋すると、

スーサの歴史は古く、アクロポリスからは紀元前4000年にまで遡る神殿跡が発掘されている。放射性炭素年代測定によると、早ければ紀元前4395年にまでさかのぼる。紀元前30世紀から紀元前7世紀に跨がるエラム王国の首都であった。

なんと3300年存在した国なんですね。

 

えーっと・・・

4000B.C.ってことは・・・

これって今から6000年前ということですよね??

しかも、下の図を見るとスーサI・II・III・・・と続いているようですね。

 

 

 

 

メソポタミアとインダスのあいだ」より

 

スサの国とスサノオを勝手に結びつけると、

 

「スサの王の子孫のうち、ある「あばれ者」が、悪さばかりして、国から追放されてしまって東へ、東へ向かっていった先が日本だった。」

なんて考えると面白いですね。

 

だとすれば、

スサノオが日本に来たのは、今から5000年くらい前

だったなんて話になりそうですが・・・

 

さて、下の地図を見るとスサの国の近くに「ザクロス山脈」があります。

ここで採れる果物のことを日本では「ザクロ」と呼んでいます。

さしずめ

「遥か遠くの西の国にあるザクロス山から来た果物」

というのを略して

ザクロ

と呼んだのでしょうね。

 

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ウイキペディアより抜粋すると、

ザクロの起源 は中央アジアペルシャです。

栽培の歴史は他の果実に比べても非常に古く ,紀元前 2200年 ごろ、古代文明のチグリスユーフラテス川の下流のシュメールで、栽培の記録があります。

ザクロは,日本には中国や朝鮮半島を経て平安時代に入ってきたとされています。

とのこと。

 

スサの国の王:スサノオ

ザクロス山から来た果物:ザクロ

と考えると、古代から日本と世界のつながりがありそうで面白いですね。

 

今でいうと、どちらもイランからやって来たことになりますが、日本は意外とイランとのつながりが深いのかもしれません。

 

ちなみにペルシャ語で乾杯は「サラマティ」だそうです。

弥栄